彼氏が欲しいが彼氏ができない私

 

「蒼井さんおはよう。今日から来る新人のこと何か聞いた?」

 

 

現在時刻は8時半。

 

始業時間ギリギリに出勤してきたパート社員の”重鎮”大山さん。

 

「おはようございまーす」と、すでに出勤している全社員に適当に挨拶しながらドスドス歩いてきて、私の隣の席に座りながらそう尋ねてきた。

 

 

彼女が座ると、グレーのオフィスチェアがギギギと唸った。

 

 

 

「おはようございます。昨日支店長から少し聞きましたよ。早瀬君っていうJ大卒の男の子らしいですよ」

 

「J大!?県内トップの国立大卒なら地味なオタク系か。残念」

 

「えー、わかりませんよ」

 

 

愛想笑いで流しつつ、デスクに視線を戻す。

 

本当は、早瀬君のお父さんがかの有名な早瀬コーポレーションの代表取締役だとも聞いたのだけど、それを言うのはやめておこう。

 

 

”コネ”だと言われてしまうのが目に見えてるし、先入観を持たれたらかわいそう。

 

コネかどうかなんて、真偽のほどは支店長クラスですら知る由はない。

 

 

 

午前9時に、内と外を区切る重々しいシャッターが開くのだけれど、正社員の私は毎日7時半に出勤する。
まだ誰もいない2階の女子更衣室で、グリーンを基調とした制服に着替えて、1階の営業間へ降りていく。

 

 

ここで一番下っ端の私は、出勤してまず大金庫から棚を出す。

 

次に新聞三紙をロビーに並べる。

 

ロビーのアッシュグリーンのくたびれたレザーチェアは、4人掛けが計12脚。

 

それらが歪んでないかを確認し、3台ある記帳台の上を整頓し、カレンダーの日付を確認する。

 

 

要するに、私の仕事は雑用から始まる。

 

 

 

ここは、ふたば銀行桜通り支店。

 

 

 

県内全域に約200店舗を構えるふたば銀行。通称"ふたぎん"

 

 

県内中心部のオフィス街近くに位置するわが支店は、人員21人の中型店舗。

 

女性は7人で、うちパート5名、正社員は私を含めて2人。

 

 

そして、残りの14人プラス、1ヶ月間の本店研修を終えて、今日から出勤の新人1名を追加して、計15名の男性は皆正社員。
あれから3年。

 

この春から、社会人3年目を迎えた私は、もう断片的にしか思い出せない新人研修を懐かしく思う。

 

 

5名のパートさんたちは、年齢30オーバーの、皆さん子持ちの主婦の方々。

 

全員が元銀行員。仕事の手際が良く、感心するくらい割り切っている。

 

 

勤務時間は8時半から17時。

 

お昼休憩はきっちり1時間。

 

3時にシャッターが下りたらおやつタイム。

 

どんなに忙しくても、もしもお金が合わなくても終業時刻は17時。

 

 

彼女たちの勤務時間は絶対なのだ。

 

 

このパート5人のうち4人と私が預金窓口担当。

 

桜通り支店の顔。いわゆる窓口テラーと呼ばれる、カウンター受付係りを担っている。

 

 

そして、カウンターの一番奥に、投資信託担当の男性社員。

 

融資担当の男性と続く。

 

 

「あ、モリクニさん。昨日のIB(インターネットバンキング)リニューアルの件なんですけど」

 

 

クルっとイスごと後ろを振り返り、もう一人の女性正社員の森田邦子に話しかけた。

 

 

私の斜め後ろの席の、ザ・銀行員と言っても過言ではない、黒髪の通称モリクニさんは、入社10年目の先輩。