二人きり

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「早瀬くん。3時1分に、シャッター閉めるよ」

 

 

やっと、窓口が閉まったんだなと、この、シャッターを閉める瞬間はものすごくホッとする。

 

 

「ごめんね、お昼一緒に行けなくて」

 

「大丈夫ですよ。森田さんと行きましたから。蒼井さん、お疲れ様です」

 

「お疲れ様」

 

 

今日も忙しくて、昼休憩が取れたのはついさっき。

 

 

とはいえ、私の仕事は3時にシャッターを閉めてしまえば一気に楽になる。

 

というか、雑用くらいしかなくなるのだ。

 

 

その代わり忙しくなるのは、出納係のパートさんと、勘定を合わせるモリクニさんだ。

 

 

 

忙しかった日は特に、勘定が合うかどうか心配になる。

 

 

毎日、早くて4時。遅くても5時には森田さんの「合いました」の声が響きわたる。

 

 

 

響かない日は・・・血眼になってミスを捜すことになる。

 

 

2年間働いてきて、最高に遅くなった日は夜中の2時。

 

 

金融機関は、1円でも合わないと、本当に帰れない。

 

 

 

「合いました」

 

森田さんの声を聞いて誰もが安堵の表情を浮かべた。

 

 

「早瀬君、粗品の整理してもらっていい?」

 

「はい」

 

 

同時に立ち上がり、こっちこっちと2階へ連れて行った。

 

2階の、一番奥の部屋が”粗品保管室”だ。

 

「狭いし、ダンボール臭いでしょ。埃っぽいし」

 

無造作に積み上げられた、大小様々なサイズの段ボール箱に囲まれながら、そう話しかけた。

 

 

私一人でも狭いこの部屋は、すれ違うのも「ちょっとごめんね」と声をかけないといけないほどだ。

 

長身の早瀬君がいると、圧迫感がすごい。

 

 

「散らかってるけど、これでも種類別、用途別に分けてあるんだよ。この辺は季節物コーナー。今は麦茶セットがメインかな。で、この辺は高級粗品コーナー。豪華なんだよ、洗濯洗剤と柔軟剤のセット。家に持って帰りたいくらい」

 

私は冗談を言いながら、ダンボールを指差し説明を続ける。

 

 

その間の早瀬君の言葉のレパートリーは

 

「はい」 「わかりました」

 

この二言だけ。

 

 

「これが、なぜか近くの小学生に大人気のシャーペン。で、あっちがティッシュ系」

 

 

指差した先は、ウエットティッシュやボックスティッシュ。
それに、ポケットティッシュコーナーだ。

 

 

「はい。ところで、どうしてあのボックスティッシュ、使いかけなんですか?」

 

 

3歩ほどティッシュコーナーに近寄った早瀬君は、白いティッシュがのぞくそれを手に取った。

 

 

「誰にも言わないでね。噂だけど、この粗品保管室きて、時々泣いてる人がいるらしいの。ほんっとに、ごく稀にだよ。言っとくけど」

 

 

あはは、とわざとらしく笑ってみせた。

 

 

それは、私。

 

 

ごく稀にだけれど、私は、仕事でミスをしたときや、お客に怒鳴られたとき・・・

 

 

涙を堪えきれないときは、ここで一人涙を流して気持ちをリセットする。
「そう、ですか・・・」

 

 

早瀬君の大きな目が、ごめん。と言いたそうに伏せられた。

 

 

なるほど。早瀬くん、勘がいいな。

 

気を使わせちゃったな。

 

 

「早瀬君、身長高いよね。180くらい?」

 

 

仕事とは関係ない話題に変えたのがバレバレでも仕方ない。

 

 

「182です」

 

「大きいね。バスケとかしてたの?」

 

「いやーサッカーしてます。俺、小さい頃から牛乳大好きなんですよね。」

 

 

「かわいい。牛乳好きなんだ。ねえ、その髪の毛、地毛?」

 

ああ、と自分の髪の毛をひとつまみした。

 

 

「くせ毛風のおしゃれパーマです。地毛はストレートです」

 

笑顔で答えてくれたんだけど。

 

 

笑顔がかわいすぎる。とにかく、子犬のようなその大きな目がかわいい。

 

 

「とりあえず、ウエットティッシュが少なくなってたから、これ持って降りるの手伝ってね」

 

「はい」

 

 

ここにある粗品を、必要なだけ1階の書庫に持って降りるという作業を、私は2年間、一人で続けているのだ。

 

時々、森田さんや男性社員が手伝ってくれたけど。

 

 

「一回、階段から落ちそうになって、ポケットティッシュをばら撒いたことあるんだ。落ちた拍子にダンボールが壊れて。しかも、支店長がたまたま階段の下にいてポケティの雨。それがツボにはまって大笑いしてしまって、森田さんにお説教されたことがあるんだよ