彼は私好みのタイプ

 

早瀬君は、何も言わずに笑顔のままなので、一人でしゃべり続けた。

 

「今日、両替をカウンターまで持ち上げてくれてありがとね。私って先輩って感じじゃないでしょ?楽しく仕事したいし、何でも遠慮せずに言ってね」

 

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

少し考えるように、間を置いてそう答えた彼は、大きな段ボール箱をひとつ抱えた。

 

 

「ほんとに。早瀬君、今日猫かぶってるでしょ。返事くらいしか口に出してないもん。それとも無口?」

 

「よく話すほうだと思います。ほんとにいいんですか?遠慮しなくても」

 

 

意識しないようにしてたつもりなんだけど。早瀬君との距離は近くて。

 

となると、必然的に顔やスタイルといった、彼の容姿をマジマジと見てしまう。

 

やっぱり、彼は私の好みのタイプだ。

 

 

もっと言えば、完璧なストライクなのだ。

 

 

カーブでも、スライダーでもなく、もちろんフォークボールのような変化球ではなく。

 

キレのある、ストレート。

 

 

「ほんとにいいよ。初めての後輩って、どう接したらわかんないから困ってたんだ。」

 

 

おまけにかっこよくて、ドキドキしたくないのにしてしまう。

 

 

 

「じゃあそうさせてもらいますね。社会人になったし、モラルある大人ですから」
笑顔の中にも真剣な表情をチラリと覗かせる彼は、かわいいなんてとても言えない、男の顔になった。

 

 

・・・・束の間の静寂を破ったのは彼。

 

 

「とりあえず、かわいいってやめてもらえます?」

 

 

ちょっと、私の心臓うるさい。

 

 

「えー、だって、かわいいもん、早瀬くん」

 

 

冗談っぽく笑いでもしないと、このドクン、ドクンがバレてしまいそうだ。

 

 

「蒼井さんもかわいいですよ」

 

 

もう、やめて。

 

 

「今のその恥ずかしがってる顔はもっとかわいいです。でね、俺、男ですから。さて。これ持って降りますね」

 

 

ニコっと笑った彼は、私の心臓を刺激するだけ刺激して、粗品室を後にした。

 

 

男にしか、みえてませんけど。

 

 

「はああああ」

 

 

口から魂が抜け出てしまいそうなほど特大のため息が出た。

 

 

相変わらず、ドクンドクンと強い鼓動を感じ、おまけに顔の熱さも加わり、私はその場に呆然と立ちすくんだ。

 

 

私、自分の首絞めた?

 

 

彼には、猫かぶったままでいてもらったほうがよかった。

 

 

季節物コーナーにある、何年前のかわからない

 

”ローンのことならふたぎんへ!”

 

と書かれたうちわを手に取って、パタパタと顔をあおいだ。
しばらくあおいでも、顔の熱さはなかなか収まらなかった。

 

色あせたうちわの埃っぽい匂いに、ケホ、と咳が出た。

 

 

 

彼は危険人物。

 

 

 

心を落ち着かせるのに要した時間の詳細はわからない。

 

営業間に戻ったときは、定時の17時を過ぎていた。

 

時間厳守のパートさんたちは、知らないうちに帰ったようだ。

 

 

支店長に、今日はもう帰るようにと指示を受けた早瀬君とは、挨拶しか交わさなかった。

 

 

「お先に失礼します」

 

「お疲れ様」

 

 

失礼な態度だったけど、私の目線は自分の机のデスクマットに挟んである”手数料一覧表”に向けたままで、彼の顔を見なかった。

 

もちろん、手数料なんて、今は全く関係ないし、見てもいない。

 

 

私も、帰れる日は早く帰ろう。

 

 

「モリクニさん、もう帰れます?」

 

「今日はもうちょっとかかるから先に帰って。気が散るわ」

 

 

モリクニさんは、なにやら猛スピードで電卓をたたいている。

 

 

「すみません、お先に失礼します」

 

「はい」

 

 

計算中のモリクニさんにはそれ以上挨拶をせず、支店にいる社員たちに挨拶をして営業間を出た。

 

 

2階の女子更衣室に入り、自分のロッカーを開けて、スマホを取り出した。

 

 

チカチカと光って、何らかの着信を知らせている。

 

 

留守電1件。

 

メール着信4件。