くやしいけど、楽しい

着信相手を確認して、聞きもせず留守電を消去した。

 

メールも同様に、友達からの1件を残して、開かずに3件まとめて削除した。

 

 

飲みの誘いの、友達のメールに返信する気になれずに、私服に着替えて支店を出た。

 

 

途中、今日のあの店主が経営するコンビニに立ち寄って、廃棄のカルボナーラをもらって、アパートまで約10分間歩いた。

 

 

駅近くのアパートで、社会人になってからずっと一人暮らしをしている。

 

 

カードキーをかざして、201号室の扉を開けた。

 

と同時に、スマホが鳴りだしたのでカバンから取り出して、着信の名前を見て”着信拒否”をタッチする。

 

 

毎日毎日、メールも電話もしないで。

 

 

スマホをベッドの上に放り投げて、洗面所に向かう。

 

 

怒りに任せて、ピンクと青の、二本並んだハブラシの青だけを取って、ゴミ箱に投げた。

 

 

もう、そっとしておいて。これ以上、悲しみたくないの。

 

 

鏡に映った自分の顔を見てうんざりした。

 

 

不細工。心が顔に出てる。

 

今の私の顔は怒りと悲しみしか見えなくて、おまけに涙目で不細工だ。

 

 

 

「顔のいい男は絶対好きにならない」

 

 

鏡の中の自分に向かって言い聞かせた。
重い体に鞭打って、がんばらなきゃ。と、自分に言い聞かせて今朝もいつもと同じ時間にアパートを出た。

 

 

「蒼井さん?」

 

 

アパート前の広い通りに出たとき、ふいに後ろから声をかけられ振り返ると、早瀬君が走ってきた。

 

 

「やっぱり。おはようございます。そこのアパートに住んでるんですか?」

 

 

昨日「男ですよ」と言い、私を動揺させた早瀬君は、かわいい笑顔を向けてきている。

 

 

「おはよ、」

 

小さく返した私の声は少し警戒していたけど、目的地は一緒。

 

早瀬君は私の歩幅に合わせて歩き始めた。

 

 

「早瀬君は実家?電車なの?」

 

 

よく考えたら、アパート前のこの道は、最寄り駅から桜通り支店までの最短距離だ。

 

「実家です。3駅先のN駅なんですけど、俺、車持ってないんですよねー。金貯めて車買うのが今の最大の目標です。」

 

 

キラキラと目を輝かしている彼は、昨日見せた男の顔じゃなくて胸をなでおろした。

 

 

「車持ってないの?」

 

「バカにしてます?親に就職祝いに車買ってくれって言ったんですけど、自分で稼いで買えって言われたんです。ケチくさいですよね。

 

蒼井さん車持ってます?」

 

 

『お金持ちなんだろうけど、しっかりしてるご両親なんだな。』
「あれ。」

 

後ろを振り返って、まだちょっとだけ見えるアパート前の駐車場に止めてある一台の茶色い車を指差した。

 

 

「あの茶色のマーヂですか?蒼井さんっぽくてかわいいですね。」

 

 

「・・・かわいいってやめてもらえます?」

 

 

『この切り返しは、ちょっといじわるだったかな。』

 

昨日の早瀬君の言葉を、わざと彼に言ったのだ。

 

チラっと、横目で彼の顔を見上げた。

 

 

「蒼井さんのその顔、たまらなくかわいいんですけど。上目遣いするのやめてもらえます?」

 

 

「してませんけど。」

 

「無自覚ってタチ悪いですね。」

 

 

『なっ!!』

 

「私服もかわいいですね。」

 

「これは通勤着です。モラルある大人って言ってたのは誰だっけ?」

 

 

「俺、道徳だけじゃなくて、プライドも、理性も、常識も持ち合わせてますよ。おまけに就職したてで、夢と理想も持ってます。

 

大人とガキの、いいとこ取り?」

 

 

ニヤリと笑う彼は、男の顔になっている。
ドキドキと、確実に早まる心臓を抑えながら、彼に言い返した。

 

「持ってないのは車だけだね。」

 

 

「的確に俺の弱点突かないでもらえます?」

 

 

くやしいけど、楽しい。

 

彼は話題が豊富で、話し方がうまい。

 

いつもと同じ景色が、やたら色鮮やかなのは気のせいだろうか。

 

 

「そうだ。早瀬君、連絡先教えてくれない?」

 

「蒼井さん、積極的ですね。」