出来る男

「残念ながら、業務上必要なの。緊急連絡網を支店で作ってるんだけど、支店長に昨日頼まれたの、早瀬君のを追加してくれって。」

 

「なんだ、つまらないですね。業務上無関係ですけど、彼女いませんから、奇跡的に。キセキテキニ。」

 

 

『リピートして、奇跡的にってとこなに強調してるのよ。』

 

 

「後で、支店に着いたら教えてね。」

 

「スルーですか。もし何かあったら連絡くれるのって蒼井さんですか?」

 

「そうだろうね。年功序列の連絡網だから。」

 

「それなら、俺は蒼井さんのだけ登録してたらいいってことですよね。赤外線付いてます?」

 

「え?付いてるけど。」

 

彼はスーツの上着の胸ポケットから黒いスマホを取り出した。

 

「ほら。蒼井さんも出してくださいよ。」

 

「あ、うん。」

 

言われるがまま、肩にかけたオフホワイトのトートバックから白いスマホを取り出した。

 

「俺から送りますね。」

 

立ち止まりそうなほどゆっくりと歩きながらの赤外線通信。

 

距離が・・・くすぐったかった。

 

 

逆に今度は私から送信し終わったころ支店に着いた。

 

 

「LINEしてるんですね。」

 

 

スマホをいじりながら、早瀬君は、裏口の前で立ち止まり、4桁の暗証番号を入力して、ロックを解除して重いドアを開けた。

 

私も、まだ手にスマホを持ったままだった。

 

「どうぞ。」

 

「ありがとう。」

 

昨日の初対面時と同じように、手で扉を支えてくれていた。
そのまま彼と別れ、更衣室で制服に着替えるために階段を上がっていると、手に持ったままのスマホがブーっと短く震えた。

 

 

『早瀬君?』

 

受信と同時に、早瀬君からのメッセージが画面に表示された。

 

 

”仕事がんばりましょうね。”

 

 

たったそれだけの文章に顔がニヤけた。

 

 

早瀬君は、生意気だけど、かわいい。

 

異性として、好きだとか嫌いだとかの恋愛感情ではなくて、母性をくすぐられているだけなのかもしれない。

 

彼がかわいいと言ってくれた水色のストライプのシャツワンピを脱いで、パリっとした白いシャツを着て、黒いタイトスカートをはいた。

 

黄緑とグレーのチェックのベストを着て、胸元に黄緑のリボンを付けてから、
ロッカーの扉の内側に備え付けられた小さな鏡を見て、薄付きのピンクベージュの口紅を塗りなおした。

 

 

『早瀬君も、仕事がんばろうね。』

 

 

パタンとロッカーを閉めて、履いてきたペタンコな茶色いモカシンシューズを揃えて、黒いパンプスを履いた。

 

急ぐ必要もないのに、階段を足早に駆け下りて営業間へ入った。

 

「おはようございます。」

 

「おはよー。」
「おはよー。」

 

既に来ていた渉外担当の中年男性たちに挨拶をし、自席に座りながら、早瀬君と本日二度目の挨拶を交わした。

 

「おはようございます。」

 

「おはよ。」

 

「2回目ですね。」

 

それには答えず、ロビーに向かった。

 

「早瀬君。庶務の指導するよ。」

 

「はい。」
**********

 

 

今週に入って、梅雨が本領発揮している。

 

今日も朝から一日中ザーザーと容赦なく降り続いていて、来客もまばらだ。

 

 

外はジメジメしているのだろうが、適度に空調管理された店内は程よくエアコンも効いていて過ごしやすい。

 

 

支店に配属され一ヶ月が経過した早瀬少年は、蒼井さんと仲がいい。

 

 

が、2人の様子から推測するに、恋人同士に発展しているわけではなさそうだ。

 

子犬系の愛されキャラ同士、馬が合うのだろう。

 

犬なのに馬が合うとはおかしな表現だ。

 

 

蒼井さんに、そろそろ次の恋人が出来てもおかしくない頃なのだが。

 

 

早瀬少年は、私の思ったとおり”出来る男”で、早くも支店長について会社訪問に同行している。

 

もちろん、融資係とはいえ、まだ自分ひとりで法人相手に契約を獲得できるわけではないが、人当たりのよさ、営業トーク、そしてなにより、観察力が相当のものらしい。

 

あっという間に知れ渡った”コネ入社疑惑”を、彼は自らの行動で払拭できる男だったのだ。

 

 

生憎の天気の上に、木曜日。

 

暇をもてあましていた店内に、一人の男性客が来店した。

 

傘はさしていたんだろうが、肩と足元がグッショリと濡れている。

 

 

「いらっしゃいませ。」
その言葉と同時にカルトンをスっと差し出した蒼井さんのところに、迷わず向かうその男性は、白いポロシャツに紺色のジャージ姿。

 

年齢は、30前と言ったところだろうか。