別の男に取られるよ

「桜小学校の方ですか?いつもの先生はどうされたんですか?」

 

「彼女は雨だからって、外に出るのを嫌がったので僕が押し付けられました。」

 

悪びれもなくそういった彼の声は大きく、支店内の隅まで声が届いていそうだ。

 

 

「そうなんですね。」

 

「あ、いやっ、でも、結果オーライです。あの、あ、えーっと・・・」

 

 

きっと、蒼井さんは口ごもるこの小学校教諭らしき男性を虜にしてしまったのだろう。

 

重鎮も、隣の席であからさまにニヤニヤと笑って二人のやり取りを見ている。

 

 

「気に入らないですね。」

 

フリーローンの申込書のチェックをしていたはずの早瀬少年は、ボールペンのノック部分をカチカチカチカチと親指で鳴らしている。

 

 

「うるさい。」

 

「すみません。」

 

「何が気に入らないの?」

 

「・・・別に、なんでもないです。」

 

 

わかりやすい男だ。

 

 

先日も、若いチャラそうな男が蒼井さんの個人情報を聞き出そうとしていたら「クソガキ、調子のんな。」とぼやいていた。

 

 

どうやら、教諭は学校関係の振込みの手続きに来店したらしい。

 

 

パチパチと電卓で計算した彼女は、カルトンに置かれた現金をすばやく数え、手元の機械に流しいれた後、
領収のスタンプを押して両手で教諭に手渡した。

 

 

「ありがとうございました。」
「こちらこそ。ありがとうございました。」

 

名残惜しそうに教諭が帰ろうとしたとき、蒼井さんのとどめの一言だ。

 

 

「お足元にお気をつけて帰ってくださいね。」

 

 

見てるこっちが恥ずかしくなりそうなほどの笑顔を見せて、教諭は帰っていった。

 

「少年、君のほうがイケメンだよ。」

 

「そんなことわかりきってます。」

 

「蒼井さんの声、かわいいわよね。」

 

「また誘導尋問ですか。その手には乗りませんよ?」

 

『チッ』

 

「認めなさいよ。毎日毎日蒼井さんの後姿眺めてるだけでいいの?」

 

 

一言断っておくが、蒼井さんは今昼休憩中のため不在だ。

 

そして、私たちの声はボリュームを抑えていて、ヒソヒソと話している。

 

 

あの教諭が帰った後、振込みの伝票を為替係も兼任している私のところに回してからすぐ、昼休憩に行ったのだ。

 

 

「もたもたしてたら、別の男に取られるよ。」

 

「だ か ら。モリクニさんには関係ないですから。」

 

「少年。モリクニって呼ぶな。」

 

「すんません。」

 

「実は見掛け倒しで、女に不慣れなの?」

 

「んなわけないじゃないですか。でも、俺なりに、考えてるんですよ。」

 

「何を?」

 

「それは機密事項です。プライドがね、あるんです俺には。」

 

 

『少年なりの考えとは。』
「少年。私、明日有給とるから。」

 

「あぁ、蒼井さんが言ってました。お母さんが手術でしたっけ。」

 

「あの子、私の個人情報を漏洩するとは。」

 

「漏洩ってわけじゃないでしょ。世間話です。」

 

 

「あの子の個人情報知りたい?」

 

「もー。また誘導尋問ですか?」

 

「これは違うけど、そういう態度なら教えない。」

 

 

ジーっと私を見つめる目は・・・

 

「捨てられた子犬のような目で訴えかけるのはやめなさい。」

 

「森田さんには通用しませんね。ごめんなさい。
ぜひ教えてください。

 

いっときますけど、恋心抱いてるわけじゃないですから。」

 

 

『この期に及んでまだ言うか。』

 

 

「蒼井さん、明日誕生日。」

 

 

「マジですか。」

 

「声、大きい。」

 

「すいません。・・・・そうか、誕生日か。そうかー。」

 

 

独り言のように何度か呟いた少年は、フリーローン申込書に目を落としたが、心ここにあらずだ。

 

 

「少年。暇だからって仕事しろ。」

 

「森田さんこそ、教師の振込みオペしてくださいよ。」

 

「とっくにオペして、相手銀行に送信してるけど?」

 

 

 

「すんません。」

 

 

今度はまじめに仕事モードになったようだ。

 

金融機関勤務といえば、まじめ人間ばかりのような印象を抱かれがちだが、実際はそうとは限らない。